アントニオ猪木(本名:猪木寛至 いのきかんじ)さんが亡くなられました。
「1・2・3 ダー!」でおなじみの大物プロレスラーでした。
享年79歳、2022年10月1日(土)の午前7時40分に都内の自宅で亡くなったとのことです。
死因は心不全とされていますが、2019年の秋から難病にかかっており、ずっと闘病生活を続けていました。
闘病中も、メディア等に出演し、車椅子に乗りながら両国国技館に姿を現したこともあります。
またSNSやYouTubeで自ら闘病の様子を積極的に発信していました。
アントニオ猪木の死因は病気?原因不明の難病だった?
アントニオ猪木は2019年の秋に、「全身性アミロイドーシス」の診断がおり、ずっと闘病をしていました。
この様子を自身のTwitterで発表しています。
昨年、少し耳が聞こえなくなって病院にかかったんです。そのときにいろいろな検査をしてもらい、心アミロイドーシスという難病に罹っていることが判明しました。それが昨年の秋ごろです。
アントニオ猪木が難病を告白 喜寿を迎え「心アミロイドーシス」との闘いhttps://t.co/qDjOu6KqzN
— アントニオ猪木 (@Inoki_Kanji) July 26, 2020
病院で闘病生活を続けていましたが、2021年8月下旬に退院し、自宅で治療をしていました。
その治療費は1日で約17万6000円かかってしまうとのこと。(内訳:カプセル1錠44000円×4)
難病申請が認定され、アントニオ猪木自身がこの金額を払わなくて済むようです。
闘病中の写真を見ると、全盛期からは、かなりやつれてしまっていますね…。
「卍固めで圧勝」「元気玉送ります!1・2・3ダー!」など、猪木の全盛期の言葉を綴った応援のメッセージが全国のファンから送られていました。
多くのファンから愛されていたことがわかりますね。
アントニオ猪木自身も、病気について度々SNSやメディアで発信しており、戦う姿勢を見せ続けてファンを元気づけようとしてくれていましたね。
2022年の7月27日には本も出版していました。
著書の「生きるために闘う」というタイトルは、プロレスラーとしても、引退後の闘病でもずっと闘い続けてきたアントニオ猪木さんだからこそ重みがあります。
次項はアミロイドーシスという病気について簡単に説明します。
アントニオ猪木が発症した「全身性アミロイドーシス」とは何か?
そもそも「アミロイドーシスってどんな病気なんだろう?」と思われたかもしれません。
珍しい病気で、国内での患者は現在約2000人程、100万人に1人が発症しています。
「全身性アミロイドーシス」とは厚生労働省指定の難病で、タンパク質が臓器に溜まり、機能不全によっていろんな症状が出ます。
主な症状は全身の衰弱や貧血、消化器障害、手足の痺れというもの。
高齢者の男性が発症しやすく、発症のメカニズムは現代医療では不明とされています。
投薬や通院、入院によって治療をしていくというもの。
従来は各々の症状に向けての対症療法が中心でしたが、近年、アミロイドーシスの種類によっては根治的治療法が発展してきたものもあります。FAPに対する肝臓移植やタファミジス(ビンダケル)の投与、ALアミロイドーシスに対する自己 末梢血 幹細胞移植を併用した大量化学療法あるいは新規化学療法薬、AAアミロイドーシスに対する最新の抗リウマチ薬、アルツハイマー病に対するコリンエステラーゼ阻害薬などがその代表例です。
難病情報センターより引用:https://www.nanbyou.or.jp/entry/45
上記以外にもいろいろ調べてみましたが、抗がん剤治療や投薬などもあるそうです。
ときには「楽にさせてくれ」とこぼしたりもしましたが、3年以上闘病生活を続けられたのはアントニオ猪木さん自身がずっと闘い続けてきた証拠でもありますね…。
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アントニオ猪木の葬式はどこでやる?
現状、公式発表では葬式は大々的に行う予定は無く家族葬のみです。
しかし、各団体でセレモニーやお別れ会は行われます。
全日本プロレス「追悼セレモニーの実施」
2022年10月2日午前11時半から東京・後楽園ホールで行われる「2022 旗揚げ記念シリーズ」の試合前に追悼セレモニーを実施します。
猪木元気工場「アントニオ猪木 お別れの会」
お別れの会を後日発表するとのことです。情報が出次第追記しますね。